わたしは今、右指先に、深いやけどを負っている。
わたしの右目は、毎日、夜になると、光が射して、見えにくくなる。
褐色の首筋を覚えている。20年前、
色白のあなたが、真っ黒に日焼けした。
その首筋には、血の色の汗がにじんでいた。
あのとき、その目には、何がうつっていたの?
お昼を食べたあと、玄関に座った足元には、
ゴム草履が置いてあって、まず、そこに、足を置いて、
毎日、つま先の鉄板が浮き出た安全靴を履いて。
…絶望の海岸で、あなたは、何を見たの?
30年間、アスベストの布団が、天井から、フワー、フワーと舞っていた、
コンクリートの壁と、アスベストのカーテン。
その材料と材料の間に、アスベストを塗っていたんだ。
両側に丸いフィルターがついた、あのマスクもつけずに。
「あれは、なんなんだろうな?」
まだ、アスベストの危険性を、世間が認識していなかった頃。
お昼ごはんのお弁当は、おいしかったのかな?
30年間、下をむいて、真っ黒になった作業服を着て、
工場で、ひたすら、再生材を、運んでいた。
どうしてお酒を飲むの?
普段着は、その作業着だ。
中学入学初日の帰りのバス内で、クラスメイトTが、
真っ黒の工場を見て、笑った。
わたしは、
何も言わなかった。言わなかった?言えなかった?言ってはいけないと思った?
K小学校の裏には、その家があって、
そこでは養豚業を営んでいた。
ある人が、「臭い」と言った。
あの臭い家は、誰の家なんだろうね?
30年前にも、同じことが、起きていたんだ。
4年かけて、働きながら高校を卒業して、
ソフトボール部で、ピッチャーで、主砲打者で、
部活動では実業団からのスカウトがきたけど、断った。
スポーツ推薦の有名大学進学の上京の話も、蹴って、食品製造工場に就職した。
20歳で、製造現場のプレス機に、右人差し指を挟まれて、
社長の高級車の座席は、その指先から流れ出る鮮血で染まった。
小さな町の病院で手術を受けたその指は、元には戻らなくて、
これから、一生、曲がったまま。
一生、あの速球を、投げることはできない右手になった。
だから、わたしを、この世に発生させてしまったの?
つづく