絶望の海岸⑪

6月の暑い日曜日だった。
相撲大会。
家族総出で見に行った。

大会の後、一度家に帰って、
すぐに、地域のバーベキューの集いに行った。
夕陽が沈むまでには、まだまだ時間がある夕方で、
影は影に見えない短かさだった。

家の玄関の鍵を閉めて、
バーベキュー会場へ向かう時。

シロは、自分の家から出てこなかった。

その瞬間、私は、

「なぜシロが出てこないのか」を、確認しなかった。
シロの顔を見ないまま、声を聞かないまま、
いつもならシロが居る砂の上にシロが居ないことを確認したのに、
いつもなら何か話しかけてくるはずのシロの声が無いことを確認したのに、
そのまま家を出てしまった。

シロの家は、屋外。
人が住んでいる家の敷地内ではあるけれど、
誰の視線も無いことが確実な状況において、なら、
近づこうと思えば、だれでもシロに近づけた。
シロは、鎖(くさり)につながれていたから。

その夜、家に帰ると、
シロが夕方出てこなかった理由に、気づいた。

シロは、死んでいた。
シロは、殺されていた。

シロの家の周りの砂の上には、
シロの足跡では無い、人間の大人の大きさの、
私が確かめることのできた靴の中の、
どれとも一致しなかった足跡が、あった。
それと、
黒と青のプラスチックの破片と、
黒い砂とシロの毛の2つだけが粘着面に付着した状態の、
ガムテープ(重ね貼りできない安物のタイプ)の切れ端が、落ちていた。
その黒い砂と全く同じに見えた黒い砂が、もう一カ所、
シロの口元にだけ、あった。
アゴと歯茎の境界の辺りに、シロの唾液でくっついていた。

死んだシロを段ボールに入れて、最期に見た顔は、
目が開いていたのを、人間が閉じた顔だった。
そのときのシロは、重くもなく、軽くもなかった。
質量があるシロを、重力がある場所で持ち上げたのに、
重さが、わからなかった。
軽くなったり重くなったりしていたのかもしれない。
シロの死が、
命が消されたということが、
シロの周りの引力や磁気に、
一時的に、ひずみを引き起こしていたのかもしれない。
シロが生きている時、だっこした時は、確かに重かったんだ。

シロの遺体が、
もう人間に殺される心配が無い、安全なところに行った後も、
わたしは、シロを殺した犯人を特定するための証拠探しをやめなかった。
証拠があれば、犯人は、逃げられないと思って。
でも(大人になってから知ったことやけど)
その刑罰は、犬を物として扱うことを決めた人間が作った罰で、
犯人は、殺意を持って犬を殺していながら、死刑には、ならなかった。
父は、わたしに、シロの死因を調べることはやめて宿題をやりなさい、
的なことを言って、犯人探しを、「確実に」やめさせた。

「そのことは、もう言うな。」
数日後、父が母に、
小声で、やりきれなさそうに言うのを、
私の目は、耳は、確かにとらえた。

やっぱり、シロは、殺されたんだ。

蚊に刺されて死んだ、というのは、間違い。
シロは、蚊に刺されても大丈夫なように、
予防接種を受けていたし、薬もきちんと飲んでいた。
薬を飲ませる時は、
一口サイズのカステラを10個ほど用意して、
その中の一つだけに、薬をつめた。
シロに向かって放物線を描いて順番に届いたカステラ達は、
一つも砂の上に落ちることなく、
シロの口によって、いつも、すべて完璧にキャッチされた。

シロは、私のところに来て、私とともに時間を過ごして、
一緒に出かけて、
芝生の上を裸足で一緒に走って、嬉しかったかな?

2年後、悪意のある誰かに、
鼻の甲から血が出て、毛と皮膚が無くなるまで殴られて、
殺されることになる、と、分かっていたとしても、
私のところに来たかったかな?

シロが、鎖につながれていなかったら、
人が居ない時間を狙って、鎖につながれた犬を殺しにくるような、
汚い弱い人間なんかに殺されることなんて絶対に無かった。

シロは、とても強い犬だった。
そして、とても素直な犬だった。
殺される2年前、
人間のせいで殺されるはずだった場所へ向かう瞬間でさえ、
少しも吠えず、少しも嫌がらず、人間の指示に従った。

私がつけた鎖が無かったら、
シロは死ななかった。

人間が居なかったら、
シロは死ななかった。

つづく

***

以下は、
シロを殺した犯人さんなら読まないほうが良いと思います:

わたしが気づいていなかったとでも思っていますか?
あなたより若い、あなたの親族の、ある箇所に、
あの傷が出来て、その親族はいったん一人になって、
その翌日から、その親族が、
表面に丸い輪がたくさんある、
あの坂のふちの、もう壊れそうだった手すりの横や、
たとえば運動場の端から端くらいの距離ほどの、
誰にも聞こえないくらい遠くから、
まだ大人ではなかった私の心を殺すように、
そして、私の耳にだけ届くように、
わたしにかけていた汚い言葉に。
それから、
シロの死因を調べはじめた私に近づいてきた、その親族が、
周りにも聞こえるくらいの大きな声で私に言った言葉、
忘れたとでも思っていますか?
誰から聞いたんですかね?
シロが「殺された」ことを。
それって、誰が考えても、犯人しか知りえない情報ですよね。
でも、わたしは、
自分が人にしたことは、必ず自分に返ってくる、
という言葉をけっこう信じているので、
私が何か行動を起こすことは不要で、
自動的に、
あなたがシロにしたことは、必ずあなたに返っていく、と思っています。
だから、あなたの名前も顔もすでに忘れています。
自動的に片付いていくことで私の脳の空き容量を減らしたくないので、
私の中の、あの頃の映像から、あなただけを消しました。

かっこいいシロと、あなた以外の人は、
わたしの映像記憶から消えないので、ずっと生き続けられます。

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2件のコメント

  • 共感します

    突然のコメントすみません。ジョンマスターオーガニックで検索して、こちらのブログ拝見しました。そしてふと、シロ君の記事を読みました。私は犬が大好きで子供の頃から犬たちとずっと一緒にいます。そしてこの記事を読んで私も本当に苦しく悲しく、シロ君を思い、しゃり子さんの気持ちを思い、もちろん当事者のしゃり子さんと同じ重み、悲しみを感じられているはずはないと思いますが、今シロ君としゃり子さんのことを考えて泣きました。私も犯人を殺してやりたいです。絶対見つけて殺すでしょう。本当に、犬以下の人間です。でも、うす汚れた、腐った人間に、体の命は奪われてしまったけれど、シロ君はそんな奴とはもちろん比べ物にならないほど、純粋な美しい魂で、今は天国で神様のもとに座り、しゃり子さんにいつか会えるのを待っていると思います。しゃり子さんのブログの他の記事はしっかりは読めていませんが、しゃり子さん、どうか、生きて、いつかシロ君に自然に会う日が来るまで、頑張ってください。心のきれいな方は苦しいことが沢山あると思います。繊細だから。でもそれは転じればきっと、腐った人間と比べ物にならないほど、人生の様々なことを感じ味わい尽くして生きていけるのだと思います。しゃり子さん頑張って!いや、楽張って(笑)生きていって下さい。突然すみませんでした。

    • syarimi

      >共感します様
      コメントありがとうございます。
      また、わたしの文章を見てくださったことに加え、
      あたたかいお言葉の数々も、ありがとうございます。
      おかげさまで、元気を頂き、
      「楽張って」生きて行ける気がしてきました。
      ありがとうございました。