LINEをやめたのは、「文字が文字のまま崩壊していったから」

わたしは、LINEを、
一年くらい前、やめた。

連絡手段として、役立ったこともあった。

でも、やめた。

その一番大きな理由は、
「文字が文字のまま、(たぶんわたしの中でだけ)崩壊していった」
ことだった。

わたしはLINEを、スマートフォンで使っていた。

LINEを使う時は、
LINE(のデータベース?)に、
なにか言葉を、入力完了する。
しばらくすると、(一般的に)その言葉を相手が読んだことを示す、
「既読」という表示がされたりする。

あるとき、

「入力完了した文字たちが、
色や形は、変わらないまま、崩壊していった。」

言いかえると、

「わたしの視覚野に届いた信号
(文字の形や、前後の単語との位置関係など)が、
わたしの頭の中では、たぶん、
通常の視覚入力情報として処理されなかった。」

それが、
最初は少しだけだったけど、
だんだん、良くない気分を、多く、もたらすようになった。

それで、
一個のレコード?を作成するのに、何十回も書き直したり、
書き直したけど、やっぱり書くこと自体をやめて、

直接会いにいったり、
電子メールにしたり、
紙に毛筆で手紙を書いて郵送したりする方法で、
伝えたかったことを伝えたり、した。

(たとえば、明日の集合時間は何時だった?の確認であっても。)

電子メールでも、色や形は、変わらないまま、崩壊する気配はしていたけれど、
そのダメージはLINEほどではなく、
メール送信前、文法ミスが無いかが気になって、
1000文字ほどの文面でも、10回ほど文面を精読
(場合によっては日本語用例集を参照)
してしまう程度だった。
送信後も10回は精読してしまう。
もう送ってしまったからムダな作業、と、
自分で分かっててやってる拷問ということになり、
なんともバカだなあ、と思ってしまう。

文脈に整合性があるか?と同時に、
用いる漢字が文脈が求めた漢字か?、という点も、
気になる。
(意味がすこし似ていて、読みが同じで、表記が違う漢字の例:)
おさめる   :納める、修める、収める、治める…
あかるい「ひ」:陽、緋、火、燈…

わたしは、LINE画面で、
何十回も書き直したり、
書き直したけど、やっぱり書くこと自体をやめる、という
この行為は、意味が無いと知っていた(つもりだった)から、
まるで、どこかであったと聞いたことがある気がする
拷問のように思えてきた。
(左の山の砂を、
汗をかいて、すべて右に移動させた後、
その、右に出来た砂の山を、今度は、
汗をかいて、すべて左に移動させる、
これをくりかえす、というような拷問)

拷問は、気分的デメリットや!
拷問は嫌いな子や!
(口内炎に梅干しを自発的にくっつけることと、拷問は、違う。)

LINEは、
便利な側面もあったけど、
わたしにとっては、それをおぎなって余りある気分的デメリットがある、
と考えて、退会した。

もちろん、LINEを上手に使っていた人は、
わたしの周りだけでも、(1年前は)けっこういたと思う。

わたしが使いこなせていなかっただけかな?

それとも…

わたしが、
自分が書いた(キーボードから打ち込んだ)文字が、
LINE提供元の意思次第で、
たとえば、
新種のウイルスにでも変化するのではないか?
というような、自分でも気づけない妄想にとりつかれてしまった結果、

わたしが書いた文字が、
(たとえば、わたしを空気のようだと思っているLINEの会話相手にとっての、)
わたしが書いた文字の重要度からは、遠くかけ離れた値の重要さを持っている、と
脳が勝手に判断して、
頭の中でだけ、文字を文字のまま崩壊させるという振る舞いをして、
わたしの現実の体に、
罰としての拷問をしかけてきただけ、だったのかな?

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注意です:
以上の内容は、一個人の「感想」であり、
その科学的論理性を保証したものではありません。
また、LINEサービスを私が利用するにあたり、
瑕疵はありませんでした。

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