原発事故、子供のころ聞いた言葉。わたしが育った田舎の未来を見た。

あなたは、原発事故をこわいと思いますか?

わたしは、進学する大学を決めるとき、

大学の半径60km以内に原発が無いかをチェックしたくらい、

原発事故をこわがっていたし、今もこわいと思っている。

 

(一般的な考え方では、

周辺住民に影響が及ぶと言われる規模の原発事故が起きたとき、

半径60kmくらいまでが、放射能で汚染される。)

 

わたしが小学生の頃、住んでいた田舎に、原発ができた。

地域には反対していた人もいたけど、自治体全体の意見としては、

多数決で、最終的結論として、原発賛成となったらしい。

 

原発ができたとき、小学生のわたしは、一つの決断をした。

大きくなったら、この田舎を出て行く、と。

 

それは、原発が事故を起こしたとき、

私たちのからだがどうなるか、を知ったからだ。

原発が、最寄りの大都市から最低60kmくらいはなれた場所に作られる理由だ。

 

防災無線が一家に一台配られた。不思議だなあと思った。

放射線の届く速さが、無線より遅いとは思えなかった。

 

ある冬休みの日、こたつに入っていると

防災無線から、「原子力発電所で事故が起きました」

というアナウンスが流れた。

それは、防災訓練はなく、本当の事故だった。

 

結局、その事故の規模はものすごく小さく、

周辺住民への放射能の影響も無いものだったけれど、

わたしのこころは、たしかに、一瞬、

「なんでわたしが出て行くまで待ってくれなかったんだ」

という、絶望を、抱いてしまった。

 

小学生のわたしの未来には、すでに、この田舎は存在していなかった。

 

原発事故の可能性がある限り、

公共施設を新しく建てても、大きくて立派な道路をいくつも作っても、

その施設を利用する地元住民、その道路を通る地元住民のなかで、

50年後、生きているひとは、一人もいないと思っていた。

 

2012年の夏、わたしはひとりで大都会に居た。

スーパーのスイカ売り場で、

ほかの産地のスイカより安く売られているスイカを見つけた。

 

わたしは、スイカを買わなかった。

放射能汚染が心配だったからではない。

わたしが育った田舎の未来を見たような気がして、涙がにじんだからだ。

 

(ちなみに、市場に流通している農産物の放射線数値は、

きちんと検査されていて、

購入しても全く問題はない、というのが、一般的考え方。)

 

わたしが育った田舎は、まだ、スイカの名産地だ。

スイカだけではない。

 

田園風景が広がり、

秋にはさつまいもがとれ、

冬にはオレンジ色の干し柿のカーテンが吊るされる。

 

おいしい海の幸でも有名で、海も近い。

小さい頃、よく家族で海に泳ぎに行ったりもした。

 

世界中から原発を失くしたときに失われる命と、

世界中の原発が老朽化して事故を起こしたときに失われる命、

どちらも、算出できる数値ではない。

 

なにが正義か、ということも、人それぞれで違う。

 

ただ言えることは、

未来が多く残されている人ほど、未来のことを真剣に考える、ということだ。

 

***

 

しゃり子や!が書いた、

「原発」を含む、これ以外の文章への、サイト内リンク:

絶望の海岸⑨

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