「将来を考えよう」と言われ、「将来を考えることは必要なのか?」と考えた結果。

将来を考えるためには、
わたしが、将来を必要としているか、していないか、
を、はっきりさせる必要がある。

ということで、

わたしは、将来の存在を望んでいるか?

と、考えてみた。

ところで、
わたしは、直近の過去1年間で、
自発的な、下記2点の方法による物理的消滅が、
できないと分かった。

「餓死」:「おなかが減った」が、「消えたい」に勝った。
「凍死」:「寒い」が、「消えたい」に勝った。

「わたしは、餓死または凍死による自殺が出来ない」と証明された以上、
「近い将来、たとえば、1年後や、1ヶ月後や、明日や、1時間後や、1秒後」
が存在する予定で行動する必要がある。

つまり、
わたしが、
将来の存在を望んでいるかどうか、は不明のままでも、
明日、おなかが減ったり、寒かったりするのは、嫌だ、
とわかった。

なので、

①おなかが減らないように
②寒くならないように、
する必要がある。

合法的に、①②を達成するには、

「稲作を行いながら、わらを燃料として使う」
または、
「(円の価値が暴落しないことを前提として良いなら)
日本円を稼いで、そのお金で、ごはんと燃料を買う」
必要がある。

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