小中高・大学・院・入社式の、アルバム・写真を処分した効果。

あなたは、卒業アルバムを、どうしていますか?

わたしは、1年ほど前に、実家においていた、
(物理的に)重い重い卒業アルバム達を、全て処分した。

思い出に価値は無いと思う子や!

処分した結果、

わたしに配られた(私が購入した)卒業アルバムは、手元に無くなったので、
今後、万が一、同じ紙データを、誰かがむりやり見せつけてきたりしない限り、
一生見ることは無い、という自由を手に入れた。

(↑ 大学までの同級生とは連絡を取る予定は無いし、
連絡先も全員知らないし、
これからとるつもりも無いし、
大学院や会社の友達のなかには、
無理やり見せつけるようなことをする人はいないので、ほぼ確実な自由。)

1年経つけど、後悔したことは一度も無い。

そういえば、高校の頃、卒業アルバム用の写真をとられた直後に、
「わたしは、アルバムが配られた直後に燃やす(笑)」と、
たぶん冗談に聞こえたと思うけど、
近くにいた同級生に言っていた。

あるとき、
卒業アルバムの存在価値について、知人に聞いてみたところ、

「アルバムを見ながら、
どの子がモテた??とかって、友達同士で盛り上がるじゃん!」

という回答を得た。

今振り返ると、
わたしが完璧にモテなさそうなこと&
友達がいなさそうなこと
への嫌味だったのかも。

引越の時とか、
荷物が多いほどお金かかるし、運ぶの重いし、
棚に入れたりなど、肉体的労働もかさむ。

必要でない荷物は、無くて良いと思う。
写真はデータで持っているから軽い!って言っても、
何バイトとかは消費してるし。

倉庫を借りるのも、お金かかるし。

卒業アルバムのような、
(わたしにとっての)不要品の保持というのは、
管理費がかかる、というデメリットに加えて、
その過去が存在していたこと、を、
自分はその積み上げの上に居ること、のように考えてしまって、
その積み上げに、もし価値が無くなったとき、
(例えば、価値が無くなった資格はたくさんあると思います)
「それを受け入れることが出来ない、という状態を促進する」
という、デメリットをもたらすと思う。

このデメリットは、
「アルバムを見ながら友達同士で盛り上がる」
というメリットを補って余りある害悪を、
もたらしてくるんじゃないか?と思ったことが、
管理費がかさむこと以上に大きかった、全処分を決めた動機。

アルバムや写真を、正当な理由の下、適切に処分したことを、
ひどい、とか批判してくる人は、最初から友達では無い。
そんな友達は、アルバムを持っていてもいなくても、いずれ去る。

過去の写真が、何をもたらしてくれる?
わたしにとっては、上記のような、マイナスの要素だけだ。

わたしは、
写真が無いくらいで一度見た人の顔を忘れるような記憶力ではない。

アルバムを見ながら友達同士で盛り上がった結果、
何がもたらされる?
盛り上がったら、目の前に、
ごはんとお風呂と布団と、静寂が、現れますか?

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